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東京外国語大学シリア研究会

جمعية طلاب اليابان وسورية

シリア研究会
5th President

Hinako Tomozoe

シリア研究会に入って、私の中でシリアへの印象がどれほど変わったことだろう。私が東京外大への入学願書を提出したのはISによる日本人殺害事件が起きた頃で、日本でもシリアの混乱に注目が集められていた。私も、テレビ番組で報道されるシリアのニュースを受験勉強の合間に目にしていた。そのうちに、なぜこの中東地域では紛争や政治的に不安定な状況が続いているのか疑問に思うようになった。そこで、現地で使われているアラビア語を使って当事者であるアラブ人の視点も含めた様々な立場から中東政治を学びたいと考え、アラビア語科に入ることを決めた。同じ時期に、私は大きなきっかけとなった記事を見つけた。シリア研究会がシリアにいる大学生とのテレビ電話交流に成功したという新聞記事だ。シリア紛争についてのニュースが目立つ中で、シリアと日本の大学生がつながるというニュースは、私にとってとても良い刺激となった。日本の大学生たちがシリアのために自らができることを考え、実行に移している姿は、私にも何かできることがあるのではないか、この取り組みに参加したいと思わせてくれた。そして大学入学後、シリア研究会に入った。 

私がアラビア語を選んだ理由がそうであるように、シリアをはじめとする中東地域は紛争や混乱といったイメージが強い。私自身そのようなイメージを持っていた。しかし、シリア研究会に入ってから、シリアに対する私のイメージは大きく変わった。自分と同じ世代のシリア人の友達ができ、彼らと交流することで、シリアをとても身近に感じるようになった。また、彼らとの会話や研究会の活動の中でシリアの多様な姿を知り、シリアの紛争だけでなく、その文化や人に目を向け、特別な国、遠い国として捉えないようにすることが大切だと気づいた。自分自身がそうであったように、シリアの紛争以外の面にも目を向け、シリアを身近に感じるということが少しでも多くの人に広まれば、それはシリアへの理解を進め、シリアと日本をつなぐことになっていくだろう。このような考えから、私は1年間代表を務めてきた。まずは普段の勉強会によって研究会のメンバーから始め、合同報告会によって他大学の学生、出張授業によって中高生、講演会や外語祭、SNSでの発表を通して社会に広めていけるよう努めた。これからもシリア研究会は、シリアとのつながりを大切に、そのつながりの中から知ったシリアの人たちの思いやシリアの多様な姿を、日本の人たちに発信できるよう、活動していってくれることだろう。 

(2017年8月 代表引退を前に) 

5th vice president
Yuki Matsumoto

中国語科の学生であり、通りすがりの門外漢だった自分がこの活動に深入りしていったきっかけは、シリア研究会での二つの経験でした。

一つは緑豊かな美しいシリアの写真です。紛争と沙漠のイメージしかなかった自分にとってシリアの緑豊かな田園風景はシリアの印象を大きく変えるものでした。そしてそれらの緑豊かな風景は紛争の続く今でも残っている姿であり、自分を夢中にさせるものでした。

もう一つはシリア、日本双方の学生の持つ強い思いです。様々な経験を経てこの研究会に入って来た外大の学生達のバックグラウンドと思いは、同じ外大生の自分としてもとても心打たれるものでした。(その一端はこのページの文章でも伺い知れると思います)何より終わりの見えない紛争の中でも希望を持ち続け日本語を学び続けるシリアの学生達の思いに触れる中で、シリアとの交流にどんどん力を入れていくようになりました。

ただ日本に住んでいるだけでは見えてこないシリアと日本の繋がり、ですがその繋がりがこのシリア研究会には濃密にあります。

気が付けばオンライン越しのシリアには大切な友達ができていました。

シリアの彼らを取り巻く環境に好転の兆しは未だありません。その中でも彼らの時間は進み、卒業も迫ってきています。日本語を使いたい、シリアと日本の架け橋になりたい、そんな彼らの思いに自分達が学生として助けになれる時間は刻一刻と短くなっています。

中心メンバーとして副代表までやらせて頂き、現地に大切な友達ができた今、自分も最早門外漢ではいられません。未だ会うことのできていない友人達の為にもできることを全力でやらせて頂く所存です。

Hanano Akashi

 シリア難民の話などは以前から知っていましたが、日本で何不自由ない生活を送る私にとってそこでの人々の暮らしは想像もつかず、あまり実感がわきませんでした。しかし、ある一人の友人が私のシリアへの向き合い方を変えました。

 彼はイラクのモースル出身で、以前からよくメールでモースルの写真を送ってくれたり、お互いの言語を教えあったりしていました。しかし、ISISとイラク政府軍の戦闘が激化し、モースルでテロが頻発するようになると、彼は毎日自分の家の屋上から撮影した爆撃の写真を私に送ってくるようになりました。彼は自分の町が悲惨な状況になり、多くの人が家を出て避難している中でも、「絶対に故郷を去りたくない」と言っていました。そして6月13日を最後に彼との連絡は今も途切れています。私は彼の無事を祈りますが彼の安否を知る由もありません。

 私はどうして彼の故郷はこのようになってしまったのか、何も知らないことに気づきました。

 そしてもっとISISなどについて勉強したいと思い、この研究会に入ろうと決めました。

 シリアの子どもたちと日本の子どもたちの手紙交流のための翻訳活動を今後も続けたいです。もしこの活動が困難になっても、何かしら両者が交流する場を設けたいと思います。交流を通じて互いの共通点を見つけ、もっと関係を深めていって欲しいし、私もシリアの子どもたちが何を考えているのかとても興味深いからです。

 さらにダマスカス大学とのオンライン授業も積極的に進めたいです。

Mai Masuda

シリアでの内戦は4年目に入り、その戦況は凄惨を極め、犠牲者数は16万を超えたと言われています。そんな状況の中で、生身のシリア人と手紙のやりとりをしたり、オンライン授業をしたり、というのは、シリア問題が解決された時にいち早く復興の手助けができるようにする、という点で意味があることだと思います。また、こういった人道支援的活動をする際に一番大切なのは、一方的な押し付けにならないことだと思います。私がシリア研究会に入った理由は、シリア人と交流したかったからです。ともすれば陥りがちな、豊かな国で暮らしている日本人が「哀れみ」の感情からシリアを助けて「あげる」という姿勢にはならないよう気をつけ、好きだからやっているという姿勢を大事にしたいです。今後は、東京外国語大学アラビア語専攻の集まりという狭い社会にとどまらず、活動を広げていきたいと思います。シリアを身近に感じる人を少しでも増やすことができれば幸いです。

Ayu Hashimoto

私はこの研究会をTwitterで知りましたが、それまで中東の情勢に興味を持っていたもののそこでの現状や国についてぼんやりとしか知りませんでした。シリアに関しても内戦が起こり難民がいるということは新聞やその他のメディアを介して知っていましたが、そもそもなぜ内戦が起き、なぜ難民が出ているのかを知らなかったので、自分で調べて具体的に行動を起こさなきゃ、と思いました。

日本人の一般的な人には私のように曖昧な知識しか持っていない人も多いと思います。そういう人々にまずは現状を知ってもらうことが大切だと思います。もちろん私もこれから勉強していきたいです。

また中東は宗教や人種などが政治、経済、治安と複雑に絡み合っている地域だと思います。問題を少しでも解決するためには、現在のシリアだけでなく、歴史や宗教のことも知らなくてはなりません。また問題もそういった根本から考えなければ、解決はあり得ないと思います。

また教育の充実は経済、治安に影響します。教育を受ける機会が与えられなかったために就職ができず、結局武装組織に入るというケースも多いからです。そのために、今シリアでは内戦が起きていますが、その解決だけでなく、難民の子供達が満足な教育を受けられる環境にしないと、長期的な問題の解決には至らないと思います。だから、私は現在だけでなく、将来の世代のために、教育や子供の成長に大切な環境を整える努力ができたら、と思います。

Kika Hyodo

 高校1年の時に始まったシリア内戦に、私は特に関心を持っていたわけではなく、遠い国の遠い出来事として漠然ととらえていただけでした。

そんな私がシリア研究会に入るきっかけとなったのは、大学入学直後にシリア研究会主催の勉強会で観た、一本のドキュメンタリー映画でした。シリア内戦勃発の直後に撮られた映画の中で、私達と変わらない考えを持ち、平和な日常を望むシリア人たちを知り、私はこんな悲惨な現実が今同じ世界で起こっていることを知らなかったのかと、大きな衝撃を受けたのです。

 テレビや新聞を通して現状を知っていたつもりでしたが、そこでは想像できないほどの犠牲者の数や瓦礫と化した街だけが報じられます。以前はどんなに豊かで美しい国だったのか、人々がどんな暮らしをしていたのか、どんな音楽を好みどんな食べ物を食べているのか、そして人々個人個人の思いや考え方に触れ、それを尊重する気持ちが湧いて初めて、起こっていることの悲惨さをはっきり受け止め、人々の気持ちに共感することが出来たのだと思います。

映画は内戦終結を願っての作品だったそうですが、内戦は現在も続いていて、犠牲者は2014年5月で16万人に達したといいます。それだけでなく多数の負傷者、そして難民が増え続けています。

 平和な国に生まれ、大学で勉強することができるという恵まれた環境にいる私達は、そうでない人たちのために何かしなければならないと思いました。またアラビア語を学んでいるという偶然も重なって、シリアについて学ばなければという思いに駆られました。

「無知は罪」ともいいます。援助や支援など大きなことができなくても、知るということだけでも大きな意味があると信じています。同じ世界で起こっている出来事であるシリア内戦の実情だけでなく、シリア人達の生活や思い、文化や歴史などについて、自分が勉強すると同時に、活動を通して少しでも多くの人に知ってもらいたい。そう思ってこのシリア研究会入りました。

Yoshiki Imatake

僕は大学における自分の活動の中心に文学を据えていきたいと考えています。

その理由はもともと読書が好きだからという単純なものではありますが、それに加えてアラブに関する日本の理解を深めるため、アラブの状況を少しでも改善するためには文学が必須のものであると考えるからでもあります。

 日本に入ってくるアラブの情報は、紛争やテロの話、石油を中心とした経済の話などが主ですが、これではアラブが危険で遠くて異質な地域であるというステレオタイプが固定化されかねません。

 政治や経済や歴史を学ぶことはもちろん重要ですが、それだけでは限界があります。これらの学問では一部の著名人を除いて基本的に人を集合として扱い、一人ひとりを血の通った人間として、それぞれに異なった思い出や、葛藤や、目標を持った人間としてみることはできないのです。この断絶を埋めるものとして、文学が必要なのです。

 実際に現地に行ってみるというのがアラブを理解する最善の方法であるとは思います。しかし、アラビア語科生だけでなく、一般の日本人のアラブに対する理解を深めるという観点からは、この方法は誰にでもできるわけではなく、やはり第一の方法は文学ということになるのではないでしょうか。また、実際に行けたところで、もしかしたらアラブ人が同胞に見せる顔と、客である日本人に見せる顔が異なっているかもしれないという疑念も捨てきれないのではないかと思います。やはり深層を理解するにはアラブ人によって書かれた文学というものが必要なのではないでしょうか。

 以上は日本に住む僕たちの立場からの話でしたが、アラブに住む人々の立場からはどうでしょうか。「アラブ、祈りとしての文学(岡真理、みすず書房)」に外出禁止令下のパレスチナ人家庭の話が載っています。

「ときどき気が狂いそうになることがあります」。その家の20代半ばの娘さんが言う。「でも、本を読んだりして気を紛らわしています」。

 ずっと家にいて退屈だから本を読む、それは当たり前のことのようですが、外出禁止令下という状況を考えると、本を読めるということがいかに大切なことかが感じられます。

文学は、人間がこのような不条理な情況にあってなお、人間として正気を保つために、言い換えれば人間が人間としてあるために存在する

 現在避難民としての避難民としての生活を強いられているシリアの人々は、本を読めているのでしょうか。シリアの文学を支える出版社は機能しているのでしょうか。新聞、雑誌は刊行されているのでしょうか。まだ僕には何もわかりませんが、シリア研究会の活動の中で調査し、もしシリアの文学を取り巻く状況が危機に陥っているなら、支援の方法を探して行きたいと思います。

 パレスチナの「20代半ばの娘さん」は別として、アラブ人はあまり本を読まないという話もあります。統計は見つかりませんが、「日本語で読む中東メディア」を読むと読書が習慣として定着していない様子がわかります。読書をしない人々に出版の支援をしたいと言っても空しいだけでしょうか。文化の押しつけになるのでしょうか。

 明らかに違います。アラブ人の作家が優れたアラブ文学を生み出していることからも、文学への希求がアラブにおいて内発的に生まれていることがわかります。読書することがアラブの状況の改善につながることも、彼ら自身が指摘しています。

 「日本語で読む中東メディア コラム:アラブ・イスラーム社会における読書の必要性について(2009年9月20日)」からの引用です。

 偉大な作者達の本で教育された人が、テロあるいは人間の理性の制約といった罪を犯すことはない。流動的で生き生きとした社会では、新しい思想が現れ、思考や変化、一般的に受け入れられた真実や、広まっている価値の再考を促す本が現れる。それに対し停滞した社会では、閉じた輪の中で社会は動き、その中で同じ思想を再帰させ増大させる。そして先人の遺産を全て残そうと望み、それに聖性を付与し、飛び越え前に進ませることを不可能にする。

どうしたら全てのアラブ人やムスリムが、彼らとその社会に向上と発展を実現する読書の価値を悟るだろうか。この問いへの答えは議論し続ける価値がある。

 日本人である僕たちにできることは、アラブ文学を読むことです。日本人がアラブ文学を読むことがなぜアラブ人に読書させることにつながるのか。たとえば村上春樹などを考えてみてください。「村上春樹が海外で高い評価を受けている」という報道に触れて村上春樹を読み始めた人も多いのではないでしょうか。アラブ人が自分たちの文学の価値に気づくためには、外からの評価というものが必要なのだと思います。

 現在の日本では、アラブ文学は評価を受けているとは程遠い状態です。まず流通している作品が少なすぎます。僕は翻訳を行うことでこの状況を改善したいと思います。

 話が長くなりましたが、まとめると僕がやりたいのは以下の4点です。

・アラブ文学を読むことでアラブについての理解を深める。

・アラブ文学を紹介する。

・シリアにおける出版の状況を調査する。

・アラブ文学を翻訳する。

Yuuri Shiokawa

わたしがシリア研究会に入った理由は、手紙プロジェクトやオンライン学習プロジェクトを通して、報道ではなかなか知れない、実際にシリアに住んでいる人たちの現状を知ることが出来ると思ったからです。

 今後の活動では、シリアの政治情勢などを学ぶことに加え、シリアの映画や文学、料理など現地に住む人と密接に関わることを学んで、その魅力を発信し、 日本の人たちにシリアという国をより身近に感じてもらえるようにしていきたいです。

Megumi Kawaguchi

内戦以前のシリアの様子を伝えた本やブログを読んで文化的な豊かさに強く惹かれました。今はその多くが失われてしまったことに対する悲しさ、もどかしさ、そして失われたものに対する一種の憬れを抱きつつシリア文化に対する理解を深めたいと思ったのがシリア研究会に入った理由です。

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